長野県

安倍晴明の墓(清博士)

〒397-0002 長野県木曽郡木曽町新開上条8712

安倍晴明の墓(清博士)は、木曽福島から開田高原へ向かう国道361号沿い、木曽町新開の清博士(せいばかせ)にある二基の五輪塔です。晴明公の終焉の地という確かな証拠はないものの、人々は古くからこの五輪塔を「晴明様」と呼んで信仰し、五穀豊穣や家内安穏を祈ってきました。案内板によれば、地名の清博士もこの墓に由来します。地図には、バス停「清博士」が表示されます。

由来・伝承

木曽町が設置した案内板「安倍晴明の墓」は、晴明公(921〜1005年)を、天体観測暦の作成や時の測定、筮竹などによる吉凶の占いを仕事とした実在の陰陽師で、『金烏玉兎集』『占事略決』などの著書もある陰陽道の最も著名な人物と紹介しています。出生地は和泉国とも常陸国とも播磨国ともいわれ、藤原道長が政敵に掛けられた呪いの仕掛けを看破して命を救った話や、筑波山麓で助けた蛇が実は乙姫で、龍宮に招かれて鳥のさえずりが人の会話として聞こえる呪薬をもらい出世したと伝えられる話など、謎に包まれた人物であると案内板は記します。父は陰陽師の安倍保名、母は保名に命を助けられ、報恩のため美女に化けた白狐で、一子晴明をもうけたのち正体を知られ、「恋ひしくば尋ねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」の歌を書き残して去るという「信太妻」の物語も紹介されています。

そのうえで案内板は、晴明八十五歳の終焉がこの地であるという確たる証拠はないものの、古来人々は墓といわれる二基の五輪塔を晴明様と呼んで信仰し、五穀豊穣や家内安穏を祈ってその名声を語り継いできたこと、この地には晴明公の伝説を中心として日常生活で天文に関わる営みが見られ、正月の独特の松飾りに柳を用いて子孫繁栄を図り、短い日照時間を補う建築構造や様式、労農方式などに随所の考慮がなされていることを記しています。ここは晴明公の墓があることから「晴墓士(せいばかせ)」と呼ばれ、明治七年(1874年)に「清博士」と改められました。

見どころ

畑の中の一角に二基の五輪塔が並び、晴明公の石像も立つと紹介されています。像は、正面から見ると小鳥の話し声を聞く姿、横から見ると白狐の姿に見えるとされます(木曽おんたけ観光局)。国道を挟んだ向かい側に「清博士駐車帯」が地図に表示され(墓から約39m・徒歩約1分。台数・料金は未確認)、バス停「清博士」も地図に表示されます(通る路線は未確認)。通路以外には立ち入らず、静かに見学してください。国道361号沿いなので、道路の横断と車に注意してください。

アクセス

所在地
長野県木曽郡木曽町新開上条8712(清博士)(所在地は Google マップの掲載住所。公式の記載ではなく、目安)
見学
見学できる時間は、公式に記載を確認できていません(国道の向かい側に「清博士駐車帯」が地図に表示。墓から約39m・徒歩約1分。台数・料金は未確認)
車
JR中央本線「木曽福島」駅から国道361号経由で約11.2km・車で約14分(Google マップの目安。2026年10月14日の表示で、交通状況で変わります)
バス
バス停「清博士」が地図に表示されます(墓から約24m)が、通る路線・運行は、星詣は確認できていません。町の時刻表でご確認ください

周辺の関連スポット

  • 晴明社(木曽町福島・上の段)——安永五年に大通寺境内に祀られ、平成十六年に上の段へ遷った晴明公の社。清博士から約10.0km・車で約12分(地図の目安)。
  • 安倍晴明の墓(五輪塔)(福井県若狭町無悪)——鎌倉時代の作風を伝える町指定の五輪塔。晴明公の墓と言い伝える。
  • 安倍晴明墓所(京都・嵯峨)——晴明神社が飛地境内として守る晴明公の墓所。九月二十六日に嵯峨墓所祭。

よくある質問

本当に安倍晴明の墓なのですか。
木曽町の案内板は、晴明公の終焉がこの地であるという確たる証拠はないと明記しています。古くから二基の五輪塔を晴明様と呼び、五穀豊穣や家内安穏を祈ってきた信仰の地です。晴明公の墓と伝わる地は、京都嵯峨の晴明神社嵯峨墓所や福井県若狭町にもあります。
清博士とはどういう意味ですか。
この一帯の地名です。晴明公の墓があることから晴墓士(せいばかせ)と呼ばれ、明治七年(1874年)に清博士と改められました。地図には、バス停「清博士」が表示されます。
晴明像はなぜ狐に見えるのですか。
晴明公の母が白狐であったと語る「信太妻」の物語が、案内板で紹介されています。像は、木曽おんたけ観光局の紹介によれば、正面からは小鳥の話し声を聞く姿に、横からは白狐の姿に見えるとされます。信太妻との関係は、公式に記載を確認できていません。

出典・参考

  • 現地案内板「安倍晴明の墓 Grave of Abeno-Seimei」(木曽町設置。晴明公の事績と伝説、信太妻、二基の五輪塔と晴明様の信仰、天文に関わる営み、晴墓士から清博士への改称。写真により判読)
  • 長野県魅力発信ブログ「是より木曽路」(木曽地域振興局)「清博士〜安倍晴明の墓〜」2011年12月19日(二基の五輪塔、晴墓士の呼称と明治七年の改称、見る角度で姿を変える晴明像。掲載当時のURLは現在閲覧不可)
  • 木曽おんたけ観光局「【木曽町日記】安倍晴明の墓」(黒川地区清博士、正面と横で姿の変わる石像)
  • Skima信州「安倍晴明の墓」(清博士の道路の反対側の休息所の駐車場。2024年4月12日掲載)
  • Google マップ(所在地は Google マップの掲載住所。徒歩・車の目安、駐車帯とバス停の位置。2026年10月14日の表示。公式の記載ではなく、目安)

社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。

最終更新:2026年10月14日

伝承
二基の五輪塔を「晴明様」と呼び、五穀豊穣・家内安穏を祈る(木曽町案内板)
地名
晴墓士(せいばかせ)から明治七年(1874年)に清博士へ
石像
晴明公の石像。正面は小鳥の話し声を聞く姿、横から見ると白狐(木曽おんたけ観光局の紹介)
見学
見学できる時間は、公式に記載を確認できていません(国道の向かい側に「清博士駐車帯」が地図に表示)
所在地
〒397-0002 長野県木曽郡木曽町新開上条8712
地図
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